自分が本当に生きたかった理由のために

 

いま当たり前のように私たちはこの仕事をしているけれど、まだ何もなかったところから手探りで創り上げてこられた人がいる。だから今があるんだと、しみじみ思いました。理学療法50年周年記念となる学術大会in東京。リハビリテーション医学・医療の第一人者で、2人の著名な先生の講演を貴重な昔の写真と共に聞いてきました。

次の世代のために私もがんばりたいと強く思い、福井に帰ってきました。

 

近ごろ、こんな記事を読みました。

PRESIDENT Online スペシャル|なぜ患者本人の「リハビリ努力」が大切なのか 天皇の執刀医Dr.天野篤の「危ぶめば道はなし」【8】http://president.jp/articles/-/15218?fb_action_ids=839336772813816&fb_action_types=og.likes

 

>目の前にいる超高齢者の患者さんたちが身体を張って日本を成長させてくれた

>彼らが働いて健康保険財政を支えてくれてきた恩恵を我々も受けている

>高齢者・超高齢者の心臓手術を「早い、安い、うまい」で・・

 

高齢になっても元気を取り戻せる、今まであきらめていたことも可能になる、それは素晴らしいことです。この記事を読んで、私も人が元気になれる運動で早い、安い、うまいを目指したいなと思いました。

しかし考えてみれば・・・

 

高齢者が健康で生きることをめざす。人生の終末期を幸せにする。そんな目標を立てなければいけないくらい、終末期をどう生きるのかを問い直さなければいけないくらい、厳しい現状があります。

寝たきりになって胃ろうで栄養管理され、いつ死に時なのかすら分からなくなってしまったような高齢者が施設にはたくさん入居しています。体はガチガチに硬直しています。入棺時には折るようにして体を伸ばすのだそうです。

しかし、介護施設ではどんな状態であれ、生きている人が目の前にいます。それが日常です。目を背けるわけにはいきません。(つらくて、つらくて、介護施設の中に入ることも苦しいといった知人がいましたが・・・)

終末期の現状を否定することは、目の前の人の命を否定することのような気がして、私は目の前の人が日々楽に暮らせるようにと願いながら、声をかけ体をほぐして回ることが精一杯でした。(いまこうしている最中も、看護師さんや介護士さんは、日々迷いながらも心を込めてケアにあたっておられます)

「こんな齢になるまで生きるとは、思ってもみなかった」

そんな言葉をたくさん聞いてきました。命はもっと短いと思って生きてきた人たちです。「70才くらいで死ぬもんだと思ってた」。自分の親もみんなそうだった。だから、心の準備ができていなかったし、ロールモデルも十分ではなかった。今まではそんな時代でした。

 

これから高齢期を迎える人に

 

けれど、これからは違います。ロールモデルは十分に増えてきました。

これから高齢期を迎える人に伝えたいことがあります。

老年期や終末期を幸せに生きるために、一生かかっても叶わない夢を見ませんか?そうすれば、たとえその間に自分の命が尽きても、たとえその間に体が思うように動けなくなったとしても、幸せな人生が送れるのだと思うのです。

たとえそのうち、はたと自分の命が途絶えたとしても、高みへと向かうエネルギーのベクトルは、矢を放つように放射線を描き、次の時代へ向かうことでしょう。

希望と生きる意味を見失わない人は、やはり強い。本当の健康とは、どんな状況にあっても自分の回復”力”を信じられること。

どうか夢を描き、自分の本当に生きたかった理由や、ほんとうに大事にしたかったことのために、健康になってください。

 

photo credit: Rainbow Shine via photopin (license)

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