ありがとうと言われる仕事を

私が20数年つづけてきた理学療法という仕事は、ほとんど誰からも「ありがとう」とはっきり言ってもらえる仕事です。こんなに人さまからありがとうと言ってもらえる仕事はないでしょう。ほかの仕事をあまり経験したことがない私が云うのも何ですが。

これまで私がお会いしてきた明治・大正・昭和ひとけた生まれの人はとくに「ありがとう」の人たちだったかもしれません。まずは感謝。とにかく感謝。でもそれが遠慮や控えめな自己主張につながって「迷惑かけないで暮らすのが私の目標」というひとがとても多かった。

「もっとこんなことやりたい!」って欲をだしてくれればいいのにと、もどかしい思いをすることもありました。「希望を言えば、あんたに治せるのか」と言われて答えらえず、満足いくことをしてあげられなかったこともありました。

リハビリしても完全には元の身体に戻れないという現実をたくさん見て、どんなに回復させようとがんばっても、せっかくよくなっても、いずれ死んでしまうこともはっきりと知って、こんな仕事になんの意味があるんだろうと嫌になったことがありました。こんな仕事やめてしまおうと思ったし「マネジメントしたほうが本来のリハビリテーションがうまくいくんじゃない?」と思って現場を離れケアマネジャーをしていた時期もありました。

(話は変わりますが「リハビリしても完全には元の身体には戻れない」というときの「リハビリ」の用法がそもそも間違いで、機能回復訓練や運動療法と同義に使っているから話がおかしくなります。どんな困難があっても自分が望む人生を生きようと努力し、みんなでそれが可能な社会をつくりあげ分かちあうことがリハビリテーション。だからリハビリしても完全には元の身体には戻れないというのはある意味正解なのかもしれません。新しい人生を新しい体とともに生きてゆくのだという覚悟をもち日々の積み重ねの力を信じて生きてゆくのです。もちろんすばらしい回復力で完全に戻る人もいます。さらに超越的に肉体を鍛えあげる人もいます。が、全体からみれば、まれです。だからまずは身体を大事にしてほしい)

だけどあるときふと「ああ、今までの理学療法士が嫌なのなら、私が思う理想の理学療法士のスタイルをつくってしまえばいいんだ。やめなくていい!」と思えたのです。理学療法士になるのは、高校生だった私の夢でした。あの若かったころの私が健気に決めたこと。ちっとも自分を大事にしていなかったと思い出した時には涙があふれました。今にしておもえば現実からずいぶん逃げ出したかったんです。。

過去からの、自分が自分にあてた手紙をもらったことがありますか?若かった頃の熱い思いを忘れずにいられるってすばらしいことです。昨日投稿したときに紹介してもらった「タイムカプセル株式会社」という本。さっそく読んで、そして上に書いたようなストーリーが私にもあったなあと思い出して書いてみました。

思い描いていた夢に挫折して身動きとれなくなるような。同じようなことはきっと誰もが体験しているのでしょうね。そろそろ進路を選ぶ年齢になった息子たちをみると、なつかしくて、心でそっとエールをおくるばかり。

私がたくさんもらった「ありがとう」をみんなにも経験してもらえるようにありがとうと言われる仕事を生み出すことを目標に、がんばっていきます。

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