散る桜残る桜も散る桜~11日に話したこと

3月11日。東日本大震災から6年が経ちました。あの日、私は、東京の新宿のまちを歩いていました。新宿3丁目の伊勢丹のすぐ近くにさしかかったとき、地面もビルもわっさわっさと揺れ出したのです。車やタクシーはとまり、みんなビルを見上げながら安全な場所を探し、交差点の真ん中に人がどんどん集まっていきました。

これは尋常ではないと思いました。もういっかい、ひどい揺れがきたら、私は死ぬなと思いました。右にも左にもそびえるビルから、何かが落ちてきて、自分の身が安全な場所などどこにもないと思うような心境でした。パニック映画のような光景でした。よりによって、なぜこんなときに東京に来てしまったかと後悔しました。

それでも、しばらく歩いていくと、5丁目に花園稲荷神社というのがありまして。真っ赤な鳥居の奥に、真っ黒な人だかりができていました。「ここで、なにかあるんですか?」と、近所の和菓子店の店員さんに尋ねましたら、「避難しているんですと」いわれました。なるほど、わたしも避難した方がいいなと思いまして。境内をあがって、お社の前にある梅の木のそばでじっと座ってあたりをながめていました。そこはまるで、ビルの谷間にぽっかりと空いた安全地帯。異次元空間のような場所でした。

その間にも、ビルがわっさわっさと揺れています。女の子が泣いて励ましあい、スーツ姿のビジネスマンの男性も「やばいよ、おい、ヤバいって」と揺れるたびにうろたえた声をあげていました。

私の横のほっこりと咲きかけた白い梅も、地面から根こそぎひっくり返ってしまえば、元も子もないはかない命だなあと思いました。
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リハビリや介護の仕事をしていると、みんなではげまして応援して、ようやく元気になってきた、動けるようになってきたと喜んでいた方が、月曜の朝、わたしたちが仕事に出てみると、なんの前触れもなく「お亡くなりになりました」と申し送りをうけることがあります。自分の仕事って一体何なのだろうとおもいました。いずれ死んでいく人に、日常を超える努力をしてもらうことに。どんな意味があるんだろうと考えましたが、答えは見つかりませんでした。

あの人の人生は、ほんとうにあれでよかったんだろうかと死の間際に関わる人間として、何度も考えました。入浴のために介護施設の廊下を運ばれていく、体が硬直し息もたえだえで、寝たきりになってしまった人に「あなたの人生、それでいい?」と逆に自分に聞かれているような気がしてしかたありませんでした。でも、答えは出ないままでした。

しかし、あの新宿のビルの谷間で、「ああそれでもやはり、いつ死んでも後悔しないように、まず私が精一杯生きよう」と思いました。そして、同じ思いを持つ人たちを応援しつづけようと、足元にいつまでも続く揺れを感じながら、高くビルをみあげて、心に誓ってきました。あとになって、もっとひどい目に合っていた人たちがいたことを知りました。

今日は、私がリハビリの仕事をつうじて多くの高齢者と出会い、お年寄りの言葉や身体から学んだ生き方や暮らし方についてお伝えしたいと思います。

人生は足腰の強さで決まります。衰えてしまった人は足腰が弱っています。自分のやりたいことも止めてしまい、好きだったこともできなくなり。意欲が落ちていくのは、足腰の弱さがいちばんの原因です。足腰の弱さは致命的です。戦時中は、歩けなくなった人は大陸の平原にいたしかたなく置きざりにされたのだそうです。万が一の時のために青酸カリを持たされていたのだと、看護師として戦地に行った元保健師の女性が教えてくれました。

いま、多くの人が運動を始めていますが、私からみると、まだまだ体の動かし方を間違えています。体の仕組みや動きの基礎を、きちんと教えてもらっていないのです。それというのも、これまで流行してきた様々なエクササイズはいずれも、人類が100才を超えて生きようとする時代に合ったものではありませんでした。それは誰のためのエクササイズであっただろうかと考えてみれば分かります。ルーツとなる人の暮していた時代や寿命や生活スタイルは、今とずいぶん違っているはずです。

多くの人は、これまでリハビリ業界では常識だった、運動の基礎や加齢するからだに配慮した運動方法を、まったく教えてもらってきませんでした。そればかりか、古い誤ったやり方で体を追い込み痛めてしまう人もいます。加齢する体に何が一番大事なのかを、教えてもらう機会がなかったために、多くの人が最初の一歩をうまく踏みだせず困っていたのだと思うのです。

そこで、老いていく体の特徴と、運動療法の基礎をもとに、持続可能な強さと美しさを手に入れるポイントを私なりにまとめてみました。PJFKの原則と呼んでいます。
●P:パワーポジション
●J:軸を安定させる
●F:負荷を分散する
●K:血流を改善する
それぞれ見ていきましょう。

P:パワーポジション(稲妻のポーズ)
これは足腰を確実に鍛えてくれる方法です。この姿勢がとれると、とっさのときにもさっと構えて、機敏に動くことが出来ます。このポーズのポイントは、股関節をしっかりと折り込むことです。ここで私が言うところの足腰の強さとは、単に力があるだけではありません。身体には表面をおおう大きな筋肉と、身体の内側で隠れて見えないながらもセンサーとして働き続けている筋肉があります。動きの微調整をしている小さな筋肉と大きな筋肉が連携して、協力しあい、タイミングを合わせて動けてこそ、ほんとうの強さが生まれます。

J:軸を安定させる
たとえば稲妻のポーズから動きをつくるときは、目線とつま先とへその向きをそろえるのがポイントです。目線とつま先が向かう方は自分がこれからいこうとする方向です。へそはからだの中心に位置しています。ですから、行きたい方向と体の中心を一致させることで、体幹が安定してぶれにくい体になります。腰を入れる、腰が据わるというのは、こういう状態です。バスケットボールのピボットターンのように、一方の足を軸にしてもう一方の足を自由に移動すれば、自在性を備えることもできます。股関節を動きの要にして、目指す方向・へそ・つま先の向きをそろえて、軸を安定させます。

F:負荷を分散する
人の身体は繰り返し使った場所から傷んできます。おなじところに繰り返されるストレスが、組織を弱らせますですから、まず偏った負荷をかけないようにします。負荷を分散させるために全身くまなく鍛え、ほぐしていきます。足の指であっても、お腹の底であっても、全身くまなく鍛えれば、負荷を分け合うことができるのです。
また脳科学研究によると、脳では、体の痛みも心の痛みも同じエリアが担当していることが分かっています。腰が痛いと感じていても、それは孤独感による心の痛みの現れかもしれません。体の負荷だけでなく心の負荷もわけあいましょう。仲間に支えられ、安心できる環境で暮らせるようになると長年続いてきた身体の痛みが消えてしまうことが現実にあります。

K:血流を改善する
血液は組織をめぐる愛です。栄養をめぐらせ、老廃物を受けとり、外敵から身を守るために戦う戦士。血液は愛です。そしてまた情報です。血液を決して滞らせてはいけません。血液が滞った場所は、腐っていきます。寝たきりの人は身動きできませんから、おなじところがずっと圧迫されつづけます。血液がめぐらず、床ずれができます。血液の流れを滞らせないためには、同じ姿勢で長い時間じっとしているのをやめること、絶えず動き、冷やさないこと、筋肉をほぐすこと、リラックスすること、水を飲んで全身をうるおった状態に保つことがポイントです。同じ姿勢で使い続けた筋肉は、緊張しつづけていますから、血管の流れが悪くなっています。「入れたら抜く」を忘れずに行うことが大事です。

血液の流れをよくしてみましょう。ひまわりのポーズ、フェニックスのポーズなら立ったままできます。

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私はこれまで20年以上リハビリの仕事をしてきましたが、もっと早いうちに体づくりをしておかなくては間に合わないと思うようになりました。働く世代の人に体づくりの方法や、痛みやケガや不要な衰えから身を守る方法を知ってもらいたいと思い、独立しましたが、なかなか当時はどうやって広めて行ったらいいのかが分かりませんでした。

けれど、子育てをしながら家で自分なりに高齢者向けの運動について研究し、身体を動かしているうちに、私自身のプロポーションが変わってきたのが分かったのです。

子育て中は、自分の身体のことなんて、優先順位の後の後です。きっと働く女性たちの多くは同じ状況ではないかとおもいます。ですから、運動が苦手な人でも、なかなかまとまった運動時間が取れない人でも、暮らしの中に取り入れてしまうのがいちばんだと考えるようになりました。何しろ、高齢者でもできる体操を高齢者に教えてきた私の身体も変われたのですから。

それが10秒ポーズです。10秒身体を止めている間に、いつも後回しで気にもかけずに放っておかれている体に正しい注意を向けることができます。そのことによって、気づきがもたらされ、自分の暮らし方を正していくことができるようになります。脳と体を目覚めさせ、一見つまらなそうにみえる毎日の「座る、立つ、歩く」を、正しい方法で行えば、一旦壊れてしまった体も復活することが出来るのです。

あることがきっかけで、ようやくこのことが、私の腹にストンとおちました。それが母の存在でした。母は嫁に来た20代のころから20~30キロの重い荷物を運んだり、しゃがみっぱなしの仕事を続けてきました。そのために40代のころには膝も腰も痛めてしまって、病院や整骨院通いをしていました。その頃私は、自分のことで精いっぱいで、十分な知識もなく、母の身体に何もしてあげることが出来ませんでした。

じつは東日本大震災のあったその日、私は本を出版しようと東京にいました。本であればたくさんの人に伝えられると考えたからです。本の企画が通って出版できることになりましたが、胸のもやもやが気になって仕方ありませんでした。本よりなにより一番身近な母親に何もしてあげられていないのは、絶対におかしいと思い、なにより先ずは一番身近な大事な人を大事にしなくてはと思い、一緒に働いている看護師さんや介護士さんを誘って、母とその友人たちも誘って、体操教室を始めました。

大事なことは限られていて、残りの人生時間も限られている。それならば、回り道をしている場合ではありません。でも、一見、回り道のように見えても、一番身近なひとを大事にしない成功などあり得ないと私は思うのです。

60代後半で一時は歩けなくなるほどに膝や腰を悪くしてしまった母が、地道に10秒ポーズにとりくむことで、再び杖を突かずに歩けるようになり、階段やエレベーターを使って福井から横浜まで旅行もできるようになりました。会社の社長でもありますので、いまは社員に給料をはらいつづけられるようにと、仕事もがんばっています。

動けなかった人を、動ける人に導いてきた経験から、はっきりと云えることがあります。あきらめていた体が動きだすと、人生は驚くほど豊かになります。どんどん動きたくなり、感謝の量が増え、笑顔が増え、新しいことにチャレンジしたくなっていくのです。「私もあんなふうに齢を重ねたい」と若者が憧れるような素敵な人になっていきます。

リハビリの仕事で私は、お年寄りが思い通りにならない自分の体を責めて「私なんてもう死んでしまったらいいのに」という言葉をたくさん聞いてきました。とても悲しいことでした。

一年前、私はアトピー性皮膚炎の再発で顔中まっ赤に腫れ上がってボロボロの状態でした。
2年間使っていた薬を医者に黙って勝手にやめてしまったのです。でも、ずっと薬を使い続けて、自分の身体を誤魔化して、これからまた何十年も薬を使って過ごしていくのかなあと思ったら、心底嫌になったのです。そして本気で暮らしと習慣を見直し、変えていこうと決めました。

足腰のことは分かっていても、自分の肌のことはちっともわからない素人です。私はずいぶん自分の肌を自分で傷つけていました。かゆみがからだじゅうを走るときは、ほんとうに辛くて夜も眠れません。血が出るほどに身体を掻きむしって痛みに変えてしまった方が楽なのです。
そんなときには、お年寄りの言っていた「こんな体になってしまって私なんてもう死んでしまったらいいのに」という言葉が痛いくらいに思い出されました。

そんなとき、ある女性から正しいお肌の扱い方やいたわり方について、何度も何度も繰り返し教えてもらったのです。そして何度も、何度も生き方や毎日の過ごし方や心の持ち方について話し合いました。

人の体は、いちばん多く使ってきた場所から、こわれていきます。歌手であれば喉を傷め、野球選手であれば、肘や肩を傷めます。重い荷物をはこぶ仕事や、介護や保育の仕事につく人は腰を傷め、人の心を支えるために心を注いできた人は、心を痛めます。ツラかった記憶も、身体のどこかに残っているのです。ですから、その記憶を消してしまうくらいに、これからは楽しいことや嬉しいことを体に刻んでいかなくてはいけないのだと思うのです。

あのお年寄りたちが、いまわしいと攻め続けていたその場所は、人生でもっとも輝いていた時代を支えてくれた場所。傷めてしまったその場所は、家族や、愛する人と、幸せに暮らすために、だまってはたらき続けてくれた場所なのではなかったでしょうか。

生きている間には、いろんなことがあって、そのときには、無理は承知でやらなくてはいけないこともあったことでしょう。そうしたいくつもの困難さえも乗り越えて、今まで生きてきて、体には、まぎれもない自分の人生の歴史が刻みこまれています。

死ぬ間際に「あなたと生きてよかった」「あなたと出会えてよかった」「幸せな人生だった」と言えたらすばらしいなと思うのです。私に肌のいたわりかたを教えてくれた女性は「全身の細胞に楽しかった!という記憶しかないほどに、これからの人生を生きていけたらすばらしいね」って、言いました。彼女は私の恩人です。ありがとう。

そういえば、もう一つのお年寄りから教えてもらったことがあります。何につけ手を合わせ「おおきにの、おおきにの。おかげさまや」と唱えるお年寄りは、介護施設でもみんなに愛されてるのですよ。

介護現場のリハビリでは、癌末期の人でも、100を超える高齢者でも、望むなら、体が許す限り、運動プログラムをつくり、日々運動を続けています。死を目前にしながら運動するなんて、と思ったこともあります。せっかくリハビリをしてよくなっても、いつしかみんな死んでいってしまうのですから。

私といっしょにがんばってきたお年寄りも、みんな逝ってしまいました。けれど誰も、自分がいつ死ぬかなんてわかりません。いまはもういないあの人たちは、ともに歩くことを選んだ人たちは、死ぬまで日常を超え、限界を超えつづける日々を選び、本当に生きたかった理由のために、生きることをあきらめなかった人たちなのだと思うのです。

10秒ポーズは、お年寄りや介護士さん、看護師さんと一緒に作ってきた「愛」の気持ちそのものです。

運動とは、地球とのコミュニケーションです。「私」という存在は単体で私であるのではなく、世界とのつながりの中で「私」がいるのだということを、運動は教えてくれます。私を支えているのは、大地です。大地からの反力をつかって、私たちは飛ぶこともできるし走ることもできる。地球の物質を使わせてもらって私たちの身体は出来ています。自分の身体は、決して自分だけのものではなく、地球からのあずかりものです。

これからいずれ高齢期を迎えるみなさんに伝えたいことがあります。一生かけても叶わない夢を見ませんか?そうすれば、たとえその間に自分の命が尽きても、たとえその間に体が思うように動けなくなったとしても、夢に向かい努力し続けられることは幸せなのだと思います。たとえそのうち、はたと自分の命が途絶えたとしても、高みへと向かうエネルギーのベクトルは、矢を放つように放射線を描き、次の時代へ向かうことでしょう。なにより、希望と生きる意味を見失わない人は、やはり強い。

これからは、自分がほんとうに生きたいと思う理由のために健康になってください。そして、この体で生きてきてよかったと人生最後に感謝できるように。一つ一つの不調とさえも丁寧に向き合ってみてください、最後の最後までどうか、悔いのない人生を送ってください。死ぬまぎわまで、美しくかっこよく生きていきましょう。

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