だから私は、自主トレプログラムを教えています。


photo credit: Garry – www.visionandimagination.com via

今年でもう7年にもなります。

平成18年、厚生労働省の施策で介護予防事業がはじまったときから私は、介護通所施設で要支援の人向けに運動を教えるようになりました。
年齢はすでに80~90才代。

はじめは、なぜこの年齢になっていまさら筋トレをはじめないといけないのか、新しい事業をはじめるうえでこんなに大変な思いをして、どれほどのメリットがあるものなのかと疑問だらけでした。

でも今は、ますます筋力を鍛えることの必要性を感じているし、70才や80才になって始めるのではなくて、もっと若い間から、40才を過ぎたら必ずはじめなくてはいけないと思っています。できることなら日本中のすべての人が。

私が教えた高齢者の人たちの中には、長い歳月のあいだに、ちょっとやそっとでは戻しきれないほどの変形や筋力低下をおこしている人がいました。

骨を折るほどの大したケガでなくても、ずっと昔にねん挫をした、仕事で長時間動かず膝や腰を曲げていた、内科の手術をした、更年期や夫の死んで寝込んだ・・・。

そんなことがきっかけでガタガタと体力が落ち、介護が必要なほどに
身体が動かなくなっていました。つまり、身体の衰えのきっかけは三者三様で予測がつかないのです。

もっと早く手を打っていたらこんなことにはならなかったかもしれないのに。と、何度も思いました。

だけど、若い人たちの運動器が少しずつ弱くなり、故障していくのは分かっていても、何がきかっけなのか、どこから傷みはじめるのかは、まだ大学の先生でも教えてくれる状況にはありません。

今のリハビリや医療では、日常生活を送ることができるレベルまで回復すれば、あとは本人任せ。超回復のための運動をサポートしてくれる仕組みがありません。

そんな中、たいていは仕事や家事に追われて痛みや不具合に目をつむり、体をゆがませてまで体を適応させたり、仕事の質を落としたりして、この時期をやり過ごしています。

歩かずにすむ、動かずにすんでしまう現代の生活様式の中、いま多くの人が体の衰えの兆候に気づかず、危機感もなく暮らしています。もし気づいていても「年だから」という一言で深く考えず済ませてしまっています。

体は、人生という川を渡る船。途中で沈没しそうになっても、体は何度も浮上し、たとえどんな姿になっても最後までわたりきろうとするでしょう。たとえ寝たきりになっても、命は続くのです。

80才の人のリハビリをしていると、人生長いなあと思います。もしかしたらあと20年生きるかもしれないのです。子どもが生まれて成長し、一人前になるまでのあの時間をもう一度生きるかもしれないのです。

自動車やバイクの耐久レースなら、長い時間を走り抜きゴールを決めるときまで、消耗せず燃料を切らさないよう、ベストなタイミングでピットインして調整もして、走りきれるボディーをつくりあげるじゃないですか。

「階段が駆け上がれなくなった」「片脚でふらつかずに立っていられなくなった」「猫背が強くなった」「お腹がたるんできた」「腰が痛くなりはじめた」「O脚がすすんできた」「尿失禁がはじまった」「お尻がたるんできた」
「足首が固くなってきた」「歩くのが小股になってきた」・・・・
そんなちょっとした兆候にすばやく対処していきませんか。

それは、人生を大事にすること、家族を大事にすること、任せられた仕事を大事にすることと同じ意味です。

たしかに、体が思うように動かなくなっても生きて社会に貢献することは可能です。しかし、いずれ老後という言葉も、定年もなくなります。いくつになっても社会を支えるために、健康で元気にはたらき続け、何かしら社会に貢献することが求められる時代です。

この体で生まれてきてよかったと思えるように、一生のぎりぎり最後まで自分の足で立ち歩き、ゴールを美しく駆けぬけたいと思いませんか。

この体を動かし続ける責任は自分にあります。だから私は、自主トレプログラムを教えています。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事一覧

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP