体に自信がある、ということについて考えてみた vol.1

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とても危なっかしいのに自信があるという人もいれば、自信をもっていいのに、不安が先立ち挑戦できない人もいます。福田は体を動かすことを通じて体の運動機能と自信を取り戻す仕事をしているわけですが、体の自信と、能力の自信とは少し違うのではないかと思い、自信についてすこし考えてみました。

自信と言っても色々な見方があると思いますが、結局のところ本当の自信とは、自分に注意が向かなくなったときに訪れるものなのではないかと思います。

自信がないというのは辛いもので、明らかに自分より強そうな人(頭がよさそう、美人な人、お金のありそうな人・・・これは人それぞれだと思います)に出会うと恐ろしくビクビクしてしまいます。そんな時は、相手の基準値に合わせることで精一杯。そんな「自信のない私」に注意が向いているときとは、気がかりな部分やダメな部分をモニターし続けないと、きっと大変なことになる!と心のどこかで思っている時。

体に自信があるとは

「体に自信がある」とは、身体能力の限界と可能性を過不足なく知っている状態です。日常を超える出来事があっても「私の体はこんな体」だと正しく知っているから、これくらなら大丈夫と思える。そういった信頼感のことなのだと思うのです。

一方、体に不安があり、自信が持てないときというのは、自分がイメージする体と生身の体とに「ズレ」が生じているときです。原因は痛みだったり体力不足だったり、ちょっとした不調だったりするかもしれません。バーチャルな体とリアルな体、期待する体と現実の体との間のズレと言ってもいいでしょう。

体を動かしていくうちに、これらのズレが次第に一致するようになります。一旦かなりの注意を体に注ぐ必要があります。しかしその結果、体を意識しなくても自動的にうまくいくように・・・。こうなればしめたもの。体の自信も取りもどすことができるでしょう。

たとえば膝が痛くて気になる状態だったのが、トレーニングや動きの再学習をして少々踏みしめても痛みがなく体重を支えきれるようになれば、膝のことを忘れて生活(ほかのことに注意を向ける)ことができます。万が一、たとえ完全に元には戻らなくても、体の限界を過不足なく知るようになれば無理しそうなときにモニター機能が働き、ズレが大きくなる前にストップをかけることができます。

長くなってしまいましたので続きは次回に

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